「野蛮な遊戯」   ジャン=クロード・ブリソー ”Un Jeu Brutal” Jean=Claude Brisseau

1983 90min
製作: Les Films du Losange

決して視線を合わせようとはしない無表情の人間達と彼らがときに見せる残酷な挙動が記憶に焼き付けられるブリソーの処女作。ルノワール的な田園風景でピクニックしている少女が惨殺される場面(具体的なヴァイオレンスは全て画面外)から始まるストーリーは、うつろな目をした元科学者の男に焦点を当てる。実の母親が病床にあろうとも殆ど顔を見ようともせず、死後になって、棺の中の死んだ顔をぐいっと掴み、「息もしないただのものだ」と言い放ったり、冷酷無比な人物像の描写が重ねられてゆく。(病床の母親から、ストレートカットで、棺の遺体になったときはどきっとさせられた。)ブリソーは無表情の人間がアクションや視線に宿す野蛮さと、カットの生理感が湧き起こす刺激をシンクロさせる、繊細なmise en scene で全篇貫き通している。わめき散らすどう猛な犬のような身体障害者の娘を力づくで引きずり回し、川辺から車に乗って、カントリーハウスの2階のベッドに投げつけるくだりや、家庭教師の女性に反抗する娘をひっぱたく様は、本当に容赦なく、劇映画の制度の中で許容される嘘としての妥協が廃されている。
撮影のBernard Luticは素晴らしく、前半の山野丘陵地帯に開けた感じの町(ローザンヌか?)のオレンジの斜光や、家庭教師の弟と登山するときの夕陽は本当に美しい。
しかし、父親の幼女連続殺しがエスカレートし、それに娘が気付くという後半の展開より、導入部の父と娘の20年ぶりの再会・関係構築の方がより刺激的で、興奮したと言える。実際、町のオープンカフェで父親が久方ぶりに下半身不随の娘と会い、その娘が「爆弾が3つあったら、まずあの群衆の真ん中に一つ落とす」と言い出したとき、いったいどんな映画が始まるのだ!と鋭い興奮を憶えたものだ。オートマティックの車いすでこの少女が田園風景を一人進んでゆくという画もシュールで素晴らしかった。

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