NHK「ふるさとは奪われた〜原発事故 双葉町の選択」を見た

よくできたNHKらしいドキュメンタリー。避難民の方々を、気の毒な被害者として描くことに徹している。
本当に大変な思いをされているわけだから間違っていないし、作られるべき現状報告・問題糾弾型ドキュメンタリーであるとは思う。(->dailymotion のlink)

しかし、それだけでいいのか、と思えてしまう。
視聴者は「ああ、お気の毒にねぇ」と、他人事として距離を置いてみることができるからだ。
それは撮っている、作っている人間の意識そのものが表出していると言ってもいい。

福島第一原発の電気を使ってきたのは我々東京である。NHKも例外ではない。
その当事者意識、間接的だとはいえ加害する側に立ってしまったという、撮影する東京の人間の意識が欠如していると言わねばなるまい。視聴者が我が事として、自分も責任の一端があるという不条理(これは議論の余地があるが、問題の本質は提示しなければならない)を認識できるよう提示しないことには、この悲劇を公共放送を使い共有する意味がない。

さらに全原協総会で双葉町長が発言しているシーンがあったが、Youtube などに投稿されご存じの方も多いと思う(->link)が、あの総会で枝野、細野両大臣は、公務という理由で冒頭に挨拶したら帰ってしまっている。中央政府のあきれ果てるほどの無関心に怒って、発言したのがその双葉町長の言葉だったのだが、両大臣退席をNHKは描かない。あたかも両大臣がそこにいて聞いているかのように編集されている。中央政府に刃を向けることが出来ずにいる、この弱腰に対して「何を畏れているのか?」と問いたださねばならないと思う。

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