いま日本映画で心理劇に挑戦する意味       /「桜並木の満開の下に」

今年2月ベルリン国際映画祭で拙作「桜並木の満開の下に」がプレミアされたとき、プログラムディレクターとこんな話をした。

「去年(2012)は、ユーロ暴落、アラブの春、フクシマ原発事故、と近代文明が築き上げたエスタブリッシュメントの崩壊を描く政治的な映画が多かった。」「今年は、景気はどこでも悪い、どこを見渡しても世界は暗い時代に突入している。その中を生き抜こうとする人間の心の在り方を見つめる内省的作品が多いね…」 

はからずもこの作品はそんな映画の世界的潮流に乗ってしまった。

無論そんな大局的な視点を持ち合わせてはおらず、実は僕がやろうとしたのは
一人の女性の心の軌跡を、映画で描いてみるというシンプルな行為だった。

それは、僕が常日頃ドキュメンタリーなどを撮影する傍ら、脳裏に引っ掛かっていた、一つのテーマに端を発していた。

それはおおまかにいうとこんなことだ。

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【  制御できない人の「こころ」 】

人間の愛憎ほど儚く変わるものはない。

ドキュメンタリーの現場では、ずっと仲良しだった仲間同士が、半年後取材すると、口もきかなくなっていたり、裏で悪口を言い合うほど対立していた人間が数ヵ月後には肩を組んで酒を飲んでいたりするのをよく目撃する。それは尽きせぬ人間の魅力といってしまえばそれまでだが、「こころ」の在り方だけで他者を攻撃するようになるのだから始末が悪い。

人が人を愛するのも、人が人を憎むのも、すべて「こころ」の作用である。

そんなことは誰も分かっているけど、それでも「こころ」の動きを自分の思うようにはコントロールできない。

その証拠に、世の中はそこら中憎しみに満ちあふれている。
有史以来、紛争や戦争がストップしたことなどない。

人が他人を憎んだり、愛したりするのは、子孫を繁栄させるため動物としての本能的欲求なのか。
確かに、人間に限らずゴリラや象など他のほ乳類も愛憎の感情を持つ。

いや、人間の「こころ」の動きには、さらに独特のものがある。

生理的な好き嫌いに加え、国籍、文化、宗教、出身地、政党など人間が勝手に生み出した制度(=それは虚構)に、「こころ」の在り方が左右される。

イスラエル=パレスチナ紛争やスーダンでのジェノサイドを見ても、宗教や民族の違いにより、相手を虐殺するほどの憎しみが生まれている。

関係を踏みつぶして悪化させるのも、憎しみを乗り越えて他人を受け入れるのも、
「こころ」がなす作用だとわかっているのに、どこか自分では制御しきれない。

それが人の「こころ」だと思う。

ほんの小さなきっかけで「こころ」のつなぎ目が壊れてしまったり、再び結ばれたり、
僕はその微妙な、ささくれだった機微が、とてもおもしろいと感じる。

そこにこそ、人間存在のいとおしさがあるように思える。

僕の興味はそこにあった。

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【日本映画のサブジャンル: 心理劇】

その「こころ」の作用を、ある時期、日本映画はとことん追求した。

日本映画の第2の黄金期1950年代~60年代。心理劇というサブジャンルが量産された。人の「こころ」の在り方を掘り下げ、白黒はっきり判別しがたい人間存在の業のようなものを炙り出す。相手を愛する想いと、憎しむ気持ちが入り混じり、前に進むのか、後ろを振り返るのか、罪を犯すのか、正義を通すのか、人間の心の中の葛藤だけに躙り寄り、見る者をジレンマに陥れる緊張感あふれる物語が多く作られた。それは、トーキーが主流になって20年経過し、日本文学が脈々と省察してきた主題が、ついに映画と呼応し、融合したからだと考える。志賀直哉、夏目漱石などが深めた精神の洞察について、映画は映画なりの回答を出すべく、島津保次郎、木下恵介、小津安二郎、成瀬巳喜男などの映画作家が凌ぎを削った。派手なセットもなく、ごく平凡な家庭の日常に潜むそんな心理的葛藤を掘り下げる作家的視点は、高峰秀子、田中絹代、原節子、司葉子など、心理をその顔と身体に背負い込むことに長ける女優たちを生んだ。

近年の日本映画では、すっかりと鳴りを潜めてしまったこの心理劇というサブジャンルに、僕はチャレンジしてみたいと思った。

「桜並木の満開の下に」は60年代の”ある”日本映画に多大なインスピレーションを得て作られた。

それは、かつて日本映画が研ぎ澄まし、掘り下げた心理劇をさらに引き継ぎ、発展させたいという意志からである。
思い上がりという誹りは甘んじて受けたい。
下手くそでも映画作家として、積極的に映画史を背負うことはやってゆきたいと考えた。

しかし、そんな心理劇をいざ21世紀の日本で作るとなると、大きな壁があった。

現代の映画は、現代の心理をつかまなければならない。

震災以後の日本を描くことに向き合わなければいけなかった。

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【日立を舞台に震災以後の日本を描くこと】

昨年から今年にかけ、大島渚、若松孝二、ドナルド・リチーなど日本映画を支えた巨星が次々と亡くなった。
大島渚は、「鳩を売る少年(愛と希望の街)」で戦後バラックの格差社会を描いて以降、一貫して、日本の根底に潜む社会問題と正面からぶつかり合ってきた。「日本の夜と霧」や「忘れられた皇軍」などの傑作が生まれたのも、大島の、強烈な問題意識が常にあったからだ。

「桜並木の満開の下に」は、震災前、一人の女性の「こころ」を軌跡を描く物語として準備していた。

しかし、震災によりロケ地である日立市が被災し、映画はやむなく中止となった。

その後、日立市の支援により復興の旗印として、再度映画を撮影しようということになった。日立市にはいくら感謝しても感謝できないほど、お世話になった。

そして、いざ震災後の日立市で、同じ物語を描こうとしたとき、現状と全く合わないことにはっと気付いた。
日本人のメンタリティーが震災後に大きく変化してしまったのだ。

それは一言では要約できぬが、あの大災害と今も収束が見えない原発事故を背負い、日本全体を覆ってしまった時代の空気といおうか。
それを無視して映画を作ることは到底できないように思えた。

同じ工場に再度ロケハンに言ってみると、震災不況で工場も大きく傾いていた。技術のある親工場も、長年来ていた関西からの技術者がもう出向してこなくなってしまったと嘆いていた。原発事故の風評被害だ。震災で身内を亡くした方が日立へ避難して来ている話も聞いた。

震災の爪痕が大きく残る町で、まだ心に大きな穴がぽっかり空いたままの人々。
それが、夫を亡くした栞の時間に次第に重なっていった。

「フタバから遠く離れて」と同じく、四季の移り変わりの中で、一つの場所(工場)を定点観測したのは、偶然ではないと思う。

先行きが見えない社会で、「こころ」の在り方を内省してゆく、そんな栞の状況は日本人みなが共有するものではないか。

そう感じながら、僕はキャメラを廻した。

最愛の夫を失った栞の時間と、311以降、大きな喪失感をぬぐえぬまま次を踏み出せずにいる日本が重なりゆく。そんな体験としてこの作品を受け止めていただけたら、本望だ。

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