2013〜4年 個人と社会の関わり合いについて回顧 その3

騎西高校2013年年末.jpg

福島原発事故についていまだ責任者が明らかにならず、約15万人が避難生活を強いられる状況が、2年10ヶ月経った今も続いている。

一方、埼玉県加須市の旧騎西高校の双葉町避難所は、昨年末最後の一人が退去し、今年度中に閉鎖される予定だ。かといって、避難生活が終わったわけではなく、仮設住宅/見なし仮設に転居を強いられただけで、町民にとり「我が家に戻れぬ根無し草の毎日」はなんら変わらない。賠損害償も全く満足できるものではなく(国と東電が示したのは、故郷の家や土地などの不動産について震災前日の3月10日の市場価値で賠償額を算定する方法。古い家屋に住んでいた人は驚くほど安い。例えば、双葉町のある農家(70代夫婦)は広大な農地と古い木造家屋、合わせて300万という評価額だった。新たに土地と家を買って人生を再スタートするには全く不足している)、今も政府のADR(原子力災害損害賠償紛争解決センター)に調停を願い出ている人、弁護士に相談して訴訟に踏み切った人、もしくは泣き寝入りで状況が好転するまで受け取りを拒否している人など、殆どが未払いのままだ。

● 放置の放置

 ここで不動産評価の問題を数字を出して掘り下げることは可能だが、それはあえて横に置いて強調したいのは、水俣病をはじめとする四大公害訴訟のごとく、多くの人口が放置され続けるのが放置されるという状況だ。
 国のレベルでも、市町村のレベルでも、企業(東電)のレベルでも賠償の担当部署は各所あり、避難民に一刻も早く金銭的支払いを行うべく対処している。しかし、「○○に今回の事故の責任があり、よって△△の地域を元に戻す義務がある」という大元のコンセプトが不明瞭であるため、下々が混乱するのだ。つまり「国と東電に今回の原発事故の加害者であり、よって国際基準(1mSv)以上の線量で汚染された地域の人々に対し、その失った財物一切すべて、事故前と同じ生活レベルを取り戻せるよう、現在に換算して賠償すべし。事故からその<新たな生活環境>に落ち着くまでの諸経費は、避難費用として全て加害者が支払う」というのがあるべき賠償方針の姿なのだが、国も東電もそれを認めようとしない。だから、避難基準をあくまで20mSv(年間被ばく量)と前代未聞の高さに設定し、避難規模を最小化。さらに不動産賠償も市場価格に委ねることで大規模な賠償カットを目論んだ。
 
 大元の賠償指針が、国民の救済よりも国体の維持(支出の最小化)を優先させているため、混迷が今も続いている。そして、この国による放置に対し、他の多くの国民が無関心であるという、もう一つの放置。かつて福島第一原発の電力は、ほぼ100%関東圏に送電されていた。東京の人間は、原子力発電の恩恵を受けてきたわけで、地方に事故のリスクを背負わせてきたという意味で、今回の原発事故の当事者である。当事者とは、放射性物質汚染の被害者でもあり、原発というシステムを利用し加担したので加害者でもある。その意味で、僕たちにも責任があるのだ。このことの理解が共有されていないため、避難民以外は原発事故は「他人事」なのである。

 だから、この「放置の放置」は続く。

そして、事故のA級戦犯は明らかにされることなく、ぼんやりと時が過ぎてゆく。

 それは、彼らが見えないためであり、手に掴める実感がないためである。思えば「フタバから遠く離れて」も、遠くにあるために感じられない故郷と電力システムについての映画だった。人間は目に見えない、手で掴めないものに対し、滅っぽう弱い。実感がわかなければ、問題だとも思わないし、あっけなく忘却してしまう。

目に見える、物理的な避難、地震・津波災害に対する賠償は存在するのに、今から確実に生まれるであろう、福島で育つ子供たちへの差別(=目に見えない)に対する対策は存在しない。

政治はその性質を利用して、都合の悪いことは目に見えないようにフタをする。
なんとか「熱りが冷める」までフタをして引き離しておけば、視界から消え、やがて忘却される。それをまんまと利用した最悪の事例が、戦後の公害訴訟であり、福島の原発避難である。

言ってみれば2013年は、この国家全体を覆う「放置の放置」をなんとも歯がゆく感じ続けた1年だった。しかし自分一人でなしうる解決策があるわけでもなく、双葉町の○○さんが避難所を退所した、△△さんが借り上げ住宅に住むためいわき市に引っ越したなどの具体的な知らせを聞く度に、何も出来ない無力の自分を恥じた。

● 「目に見えないもの」に向けて

そして、昨年は「目に見えないもの」にキャメラを向け続けた1年でもあった。

ニューオーリンズ、ベルリン、キャンベラ、ロンドン、ギマランイス(ポルトガル)、ニューヨークなどを旅し、キャメラを廻したがいつも頭の片隅に引っかかっていたのは、その都市の空気と人々の生活をいかにレンズを通して定着させるかということだった。具体的に言語化できないものであり、それが双葉町の方々が失ったものであるような気がした。

去年の1月、ニューオーリンズでハリケーン・カトリーナの被災地でTV向けのドキュメンタリーを撮った。被災から7年も経っているのに再貧困地区Lower 9th は退廃し、放置されていた。ルイジアナ州政府による無視が復興を遅らせ、他地区との差がぐんぐん開き、商業施設も他地区へ移転していった。そのため、人々の足も遠のき、忘れ去られた場所になっていった。人口が減ると、金回りも減退し、人々の視界から消えてしまう、そんな町の衰退を目にした。

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2012年から始まった「フタバから遠く離れて」の公開は、2013年自主上映会の形で全国に広まった。僕もできるだけ参加し、講演した。また井戸川前町長が招待され講演された場所も多かった。また特別な対談イベントも組まれ、菅直人元総理、村上達也元東海村村長、堀潤さん(元NHKアナウンサー)などと議論を交わしたのは得難い経験だった。そんな中でも安倍政権のお膝元山口・下関と祝島での映画上映会が強烈だった。環境エネルギー政策研究所(ISEP)代表の飯田哲也氏、井戸川前町長も一緒に参加したのだが、各々が確固たる持論と調査をアクティブにされている方だけあって濃密な時間であった。僕としては映画を通して、原発事故という大きな過ちを、今まさに原発を建てさせまいと闘っている祝島の方々と共有できたことは感無量だった。問題意識を共有する仲間という意識と、そのテーマ自体=原発が世界を揺るがす根源的主題という意識とが相まって、話し合いは深夜にまで及んだ。(酒も入りましたが^^)さらに清水敏保さん(上関原発を建てさせない祝島島民の会代表)、山戸孝さん(上関原発を建てさせない祝島島民の会事務局)とも上映会で対話した後、祝島を案内していただいたのだが、「原発建設阻止は短期目標」という山戸さんの言葉が心に響いた。それは、自然の恵みとともに生きるライフスタイルが当たり前のように祝島には根付いていて、日々の生産活動(ひじき、びわ 茶、お米、豚、など)で貨幣経済的価値=カネを生み出す。そうすることで島が主体的に自立してゆこう、という強い意志があった。瀬戸内海随一の生態系を誇る海と豊かな土壌、あったかい人々に包まれた島は、部外者の僕からみても本当に魅力的で、最近はIターンの若者が多く移住しているという。ここでも「目に見えない」島の価値にこそ、人々は生き甲斐を見いだしており、金と経済は生きるための手段ではあるが、目的にはなり得ない。祝島という「場所の価値」は目には見えず、それが金銭で計れる尺度を大きく凌駕していることが、はっきりと形になっているという意味で現代資本主義へのアンチテーゼとなっていた。

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さらに、監督第5作「桜並木の満開の下に」(劇映画、主演:臼田あさ美、三浦貴大、高橋洋)は震災・津波被害を受けた地方都市を舞台として、具体的にはっきりとは分からぬが誰もが感じている喪失感がテーマであったし、その後に監督した「西村京太郎サスペンス 十津川警部シリーズ51 京都〜小浜殺人迷路」は、小浜に伝わる八百比丘尼という怪奇伝説で、まさしく目に見えない霊を捉えようとした。年末に体調を壊しながらもなんとか仕上げた『小津安二郎・没後50年 隠された視線』(NHK BSにて放送。出演:岡田茉莉子、司葉子、香川京子、吉田喜重、篠田正浩など)は、「東京物語」「秋刀魚の味」など映画史上の名作に隠された演出———見せないことで観客の想像力を刺激し、観客の脳裏の中で「見せる」映像—を掘り下げたドキュメンタリーだった。さらに極めつけは、愛知芸術文化センターの依頼で仕上げた「放射能」(35分の中編ドキュメンタリー)で、これは人が見ることも、触ることも、匂いを嗅ぐことも、味を嘗めることもできない放射性物質という代物について、映像を通して考察した一篇だ。

要するに、目に見えないもの、すぐには実感のわかないものを表現しうる芸術こそが映画である、そんな思いを深めた一年だったと言える。

● みんな<直接>を求めている

 New Yorkでの「フタバから遠く離れて」公開時にある意外なヴィジュアルが目に飛び込んで来た。きゃりーぱみゅぱみゅが、NYCでも大人気なのである。そのポスターがあちこちのライブハウスや雑誌に見受けられた。彼女がここまでワールドワイドであることは知らなかった。実際、YoutubeでKPP(Kyary Pamyu Pamyu)で検索してみると、世界中のディープなKPPファンがいることに驚いた(実際、検索してみてほしい! 興奮間違いなし)。ロンドンやパリ、LAやモスクワの女性たちがめいめいの解釈のKPPコスプレに身を包み、ライブで爆発している姿を目に出来るだろう。彼女たちのコメントもおもしろい。KPPは「フリーで何にも束縛されてない」、「自分だけの表現を追求しているのがCOOL!」というのだ。ポップカルチャー文化史に詳しくはないが、Kyaryは確かに他のアイドルやアニメを参照しているようには思えない。自分だけの個人の表現を磨き上げ、「他人と違っていて良いのだ」と開放的に弾けるKPPにある種の爽快感をもって、「PONPONPON」「つけまつける」「ファッションモンスター」の世界にどっぷりつかっているファンが多いのではないか。特に日本では、他人と歩調を合わせる必要はない、自分に正直に自分が思う主張をすればよい、というKyary のキャラクターが人気なのは、逆にそれだけ他人との同調を押しつけ気味な社会の抑圧が背景にあるのでは、と思う。
KPP2.jpg
このKPP現象を観察していると、空気への同調よりも互いの違いを尊重することを重んじることが鍵なのではないかと思えてくる。建前上、全員一致を目指して分裂し続ける日本政界の負の連鎖を断ち切る術かもしれない。互いに違っていて当然。ドライに割り切り、ただしその意見表明はすぐにダイレクトに反映し、その反論もすぐさまアップするような。そんなアクティブで風通しの良いシステムこそ、今の閉塞した低投票率・無関心社会に必要な風穴なのかもしれない。

投票しても何も変わらないという鈍く遠い無関心から、自分の問題意識こそが、自分の生活に直結し、自分の価値観こそ社会に影響を与え、またその社会に自分が影響を受けるという<直接>の手触りこそ、ずっと日本社会に欠落しているものだと思う。

● デモする社会:接近戦の民主主義

拙著「フタバから遠く離れて 〜避難所からみた原発と日本社会〜」で考えた大きなテーマが、「接近戦の民主主義」であった。そこでは2012年の柄谷行人の言葉「人がデモをする社会(デモは手段ではなく、目的になった)」を引用し、テレビの向こうで政治を遠くに見るのではなく、日常的に政治に対し異を唱え、声を上げることが、我が国の民主主義のネクスト・ステージを予見していると書いた。
 2013年は前年以上に、デモや集会の意味が問われた年だった。夏の参院選では、自民の圧勝が見えている中、乱立する小粒の野党、特に1人当選できるかどうかもわからぬ緑の党、みどりの風、社民党など原発即時ゼロを主張する小政党がサバイブできるのか、市民レベルの集会も重ねられ、ずっと続いてきた官邸前デモでも、ここぞとばかりに政治との接近戦が試みられた。山本太郎、三宅洋平が渋谷で選挙フェスをぶち上げ、僕たち市民の実感を<直接>伝えることが出来る候補がいよいよ誕生するのでは!と胸を熱くした人も多かったと思う。

しかし、結果は惨敗であり、原発だけで世論調査をすると脱原発派が半数以上なのに、選挙となれば多数派・自民党を支持するという「不思議な」日本の構造を再びどうにもできないという無力感を味わった。

6年に6度首相が替わろうと、政権交代しようと、日本の行政の根っこは霞ヶ関=官僚が握っているわけだから、選挙で何かが変わるわけがないという深い諦念がそこにあるのだろうか。投票率はまたも戦後最低レベルで、毎週金曜日の官邸前デモの人数も減少していった。脱原発で当選した数少ない候補・山本太郎は参議院でいまだ居場所を築けていない。

そんな中、2020年東京オリンピックが決定した。運悪く、自民政権は失態のすべてをカモフラージュしてくれる打ち上げ花火を手に入れた。この花火を国民が見上げている合間に、憲法改正も、TPPも、消費増税も、そして原発賠償、除染、中間貯蔵施設建設、再稼働の諸問題もしれっと通過させてしまうのではないだろうか。視界から見えなくし、忘却の彼方に追いやる作戦である。
もちろん、そうは問屋が卸さない、と我々は心して花火の下の地面を注視する覚悟はある。これから6年後、日本列島をお祭りムードが席巻するとき、日本の民主主義の真の達成度が試される。打ち上げ花火の上ばかりをみているのか、その下の地面と、花火師たちの仕事ぶりを目聡く監視しているのか、である。

そう、市民運動は先細るだけではない。
「さようなら原発1000万人アクション」の大集会が何度も開かれ、もう既に800万人強の署名が集められている。前年に続きNo Nukes 2013 やNo More Fuckin’ Nukes 2013 で坂本龍一さんを中心とするアーティストがより大規模(特に若者!)の政治参加を呼びかけた。54基の原発が全て停止の状態で迎えた2014年初頭において、原発はゼロでいいのではと感じている層は着実に増加している。

問題はそんな思いを持っていてもそれを投票という行為で意思表示をすることに大多数の国民が慣れていないことだ。<直接>意志を示すことが民主主義であるのに、そのユーザーである国民が使用方法を飲み込めていないとは皮肉である。

● <直接>を目指すには・・・

2014年元旦の朝日新聞社説は、「投票日だけの「有権者」ではなく、日常的に「主権者」としてふるまう」ことが大切とし、もっと普段から政権側に意義申し立てをおこなう「にぎやかな民主主義」が求められているとした。そして、哲学者・国分功一郎氏を引いて、民主主義を『強化するパーツが必要』という。議会は不可欠だが、それに加えて行政を重層的に監視して「それはおかしいと伝える回路が欠かせない」。そのために住民投票や審議会などの諮問機関の改革、パブリックコメントの充実などを提案した。

そのこと自体は間違っていないし必要だと思うが、「にぎやか」に騒ぎ立てる、その周辺的なイメージは長続きしないだろう。より重要なのは、政治になんらかの影響を与えているという<直接>の実感であり、それこそ具体的に投票行為に人を向かわせるものとなるからだ。例えば、パブリック・コメントを募集し、その審議過程をオープンに公開するばかりでなく、住民にも<直接>発言権を持たせるとか、その審議結果は必ず議会の審議に<直接>かけられるとか、具体的なインタラクションの構築が望まれる。理想をいえば、原発やTPPなど最重要課題については住民投票・国民投票を数回に分けて、半年かけて行うのがいい。一回の投票だと無視される可能性もあるが、数回に分けて毎度結果を公表し、持続的に関心を維持して煮詰めてゆく。議会で審議に時間をかけるように、国民全体で議論に時間をかけるメソッドだ。4年に一回ではなく、頻繁に持続的に考え続ける接近戦である。みな<直接>を求めているのだから。

さらに国民レベルで議論を高めるため、テレビの一方的な情報発信ではなく、フェイスブックなどSNS上の議論や公民館での公開討論会など、話し合いのアリーナがもっと必要となるだろう。

そして、<直接>政治に参加している実感を掴むには、否が応でも参加せざるを得ないシステムも必要だ。オーストラリアのように投票を義務化し、罰金を課す制度を検討してもいいだろう。罰金が払いたくないから、誰に投票しようかと考える有権者も出てくる。本来は<直接>であるべきなのに、間接になってしまった弊害がここまで拡大した日本の民主主義において、接近戦とはどんなものなのか、人々が初体験し学ぶ意味も込めて、罰金制導入は賛成である。さらに期日前投票だけでなく、ウェブ投票を導入すれば一気に裾野は広がる。目に見える実感は、もはや投票所に行くという物理的行為よりもインターネット上で投票し、その結果が公表される<直接性>こそ時代にふさわしいと思う。

● ディベートとエヴァリュエーション

日本人は議論できないと言われて久しい。
国会中継でも何がいいたいかわからない答弁や、かみ合わずに論点が横滑りしてうやむやになってしまう質疑をよく見かける。政治家に限らず、大学など教育の場でも同じで、日本語の話法と日本人の思考法は元来ポイントを明確にしながらロジックを組み立てるのに向いていないのかもしれない。欧米では当然のように求められるスピーチの編集能力——つまり、①イントロ(テーマ設定)②論旨展開③結論——の三段構えの展開・要約する能力が欠けているのである。

必ずしも日本の国語教育が悪いとはいえないが、他者に向けて自分の意見を集約し発言する習慣をトレーニングする必要を感じる。

国会でもシステマティックなdebate ディベートをもうそろそろ導入するべきである。モデレイター(司会者)をおいて、それぞれの答弁者に同じ制限時間を与え、議論のポイントを合致させる。かみ合わなければ割って入り「質問は〜〜です。それに答えなさい」と、曖昧にぼかしたり逃げを打つことを許さない。答弁者が口を閉ざせば「要するに〜〜ですね」と間の手を入れ、議論を収束させる能力も持つ。そんな能動的で知的なディベートのプロフェッショナルを国会に導入するべきだろう。
 そうでもしない限り、どこにも収束しない質疑応答の繰り返しの末、最期は多数派(自民党)が審議打ち切り・強行採決という、あの絶望的に非民主的な日本式国会を改革することは不可能だと思う。泥仕合の交通整理をするべく、日本人はもっと賢くなるべきなのだ。

 自分の言いたいことをまとめる技術において、大切なことはevaluationエヴァリュエーションである。論理的にPro(肯定すべき点)とCon(否定すべき点)を比較し、評価を結論づけることである。例えば、「A級戦犯は戦後、東京裁判により国際的に確定した戦争犯罪者であるから、彼らを合祀した靖国神社を参拝し、彼らを肯定する行為を行うことは間違い(Con)」「政治家が宗教施設に参拝するのは政教分離の原則に反する(Con)」「靖国神社には、戦犯以外にも第二次大戦の戦死者が祭られており、彼らに対し哀悼と敬意を表する(Pro)」の比較評価で、初め二つの理由から「靖国参拝は間違い」と結論づける。
 これを、「自分個人は英霊のみなさんを本当に大事に思うから」とか「以前、他の政治家も参拝したから」とかは、evaluation にならない。前者は個人の感情に過ぎず、首相など公人の判断基準は、あくまで戦争犯罪を認めるか、認めないかでなされるべきだからである。同様に、後者の「他人もやったから」というのも、evaluation にならない。
 特に「他人がやってるから良い」という空気で流れてしまう性質が日本人は強い。Evaluationとは自己による独立した価値判断であり、他人は関係ない。自分の意見を醸成する訓練がなされてないとそれができず、小魚の群のようになんとなく大勢に従って流されるだけになってしまう。それは、外敵や災害が来たときにあっけなく崩壊し、自分が守られている殻から放り出されると、自己判断できず機能不全に陥ってしまう。そんな個人のひ弱さに日本人はそろそろ気づくべきだし、そこから脱出する第一歩として、evaluation を見直すべきだ。

人間は何も考えずに生きる方が楽である。
しこたま金を持って南の島でのんびり一生を送りたいなぁと夢見るし、難しいことは考えずに判断は他人に任せて、楽しいことだけやりたいと思うのは、当然である。しかし、そうして放置しておくと、金持ちは貧乏人を搾取し続け、暴力が弱者を虐げ、戦争も殺し合いもおこり、原発が地球破壊を続ける。

やはりこれはなんとかしなければならないのだ。

だから民主主義には存在意義が確かにある。しかし、他の先進諸国と同様、日本は問題山積みの間接民主主義を選んでしまった。そして、持って生まれた「臭い物にはフタをする」習性から、権力者たちは都合の悪い問題は隠してしまう。

そんな見えないものを可視化するアクション、手で掴めないものを<直接>実感できるようにする努力が、2014年はこれまで以上に必要になってくるだろう。

福島の風評被害も、原発の賠償問題も、沖縄米軍基地の辺野古移設も、消費増税も、TPPも、憲法改正も、我々自身の人生の問題に深く繋がっていると認識できるようになりたい。そのための知恵を磨き上げてゆきたい。

1996年新潟県旧巻町で、東北電力巻原発の建設を問うた住民投票があった。
反対住民が立ち上がり、町中を巻き込んで啓蒙活動を行い、前代未聞の住民投票に持ち込んだ。投票率は、なんと88.29%。

目指すはここである。

巻町.jpg
全国初の原発住民投票の日、投票所の巻町役場は大勢の人たちで行列となっていた」(1996年8月4日)

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