「戦場の止み」(三上智恵、2015)

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太平洋戦争中に唯一の地上戦が行われ、多くの人命が失われた惨劇。戦後、返還が遅れ、米軍による占領期が長く続き、そして返還後も米軍基地の74%が集中するという膨大な犠牲。さらに、近代以前より琉球がどれほど本土とは異なる文化圏を保持し、それが本土の「植民地化政策」により圧し潰されてきたのかという否定の歴史。

そんな重く苦しい悲劇の時間を長大に描くのではなく、ただ一点、いま辺野古で起きている戦場(いくさば)にのみキャメラを焦点化させ、その定点観測から見えてくる人々の苦悶と歴史の重み、権力の不条理を一塊に見る者へ叩きつける、強烈な乾坤一擲が、この作品である。

地元の老人、子育て世代の家庭、若者とあらゆる世代が参加し、代々続いてきた闘争があって、今の辺野古断固拒否があるのか、当事者達が語る時、我々は「戦後70年、日本はずっと戦争はしていない平和が温存された」というのが幻想に過ぎなかったことを思い知る。基地は単なる訓練場ではなく、人を弾圧し、圧殺する場としての戦場がここにあり続けたことを痛感する。

タイトルである「戦場(いくさば)ぬ止み」は、辺野古ゲート前のフェンスに掲げられた琉歌の引用で、「この戦場に終止符を打つ」という意味であるそう。戦場であり続けてきた沖縄が、今国家全体で戦争へ向かおうとしている日本に対し、辺野古を最後に血で血を洗う殺し合いを拒否するアイデンティティを新たに打ち立てることを訴えている。それは、安保法制、改憲問題の根幹に横たわる戦後日本人の非戦精神と直結する。

辺野古ゲート前に張りこむ人々に寄り添うキャメラの距離感が素晴らしい。撮影者の聞きたいことを質問するような“誘導尋問“ではなく、日々ゲートに通う人々の素顔が見えてくる家族や孤独、心情の吐露にまでじっくり時間をかけているのが心を打つ。

John Junkermanの新作『沖縄 うりずんの雨』もあわせて見たい。なぜアメリカにとって、沖縄が必要なのか、それをアメリカ側から丹念に描いているそうだ。

事態の緊急性を鑑み、公開をムリクリ2ヶ月を繰り上げ敢行したポレポレ東中野にも拍手!!

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