Archive for April, 2017

async  あるいは 草の音

April 10, 2017

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僕は、映画でも音楽でも作品を鑑賞するときはできるだけ予備知識を持たずに
向かい合うようにしている。パンフを読んだり、ネットで検索して、おもしろいかどうか値踏みしてから見る/聞くという傾向もあまり好きではない。ある一つのexpectation/期待にそって、作品を鑑賞するのは作り手にとって失礼だし、アートとはそもそも自己完結しており、何も知らない人に向けて開かれているべきと思うからだ。

というわけで、坂本龍一さんの新作「async」も何も予習もせず、何も情報を取り込まず、まっさらなCDを購入して聴いた。(教授が新作に取り組んでるというのは勿論あちこちで耳にしていたが、内容については耳を塞いでいたというのが正確か。)まず最初に通してtrack 01 からtrack14まで聴いて思ったのは、映像的な奥行きがある作品だな、ということ。無数の惑星がパースペクティブの果てまでつづく宇宙空間に身を委ねながら、ゆるりと視界が歪み、拡張してゆくのをそのまま受け止め、呼吸するような。音楽が三次元的な奥行きへ、聴くものを導いてゆくといったらよいだろうか。まるでタルコフスキーだ、と直感した。

現にタイトルを見るとsolari, stakra, walker, のように、タルコフスキー映画のような曲題がある。これは!と思って、ネットで検索していると、教授が「架空のタルコフスキー映画の音楽」と言っているのを発見。やはり!と手を打った。

実際、この音楽がついた映画こそ見てみたいと思わせるものだった。それはネットであがる動画ではなく、New York でいうとLincoln Center, ベルリンでいうとBelinale Palast、東京でいうとピカデリー系劇場の巨大なスクリーンで上映される映画である。壮大で揺るぎない時間の流れ、一つの世界がそこにあり、音響がその世界のムードを醸成し、人を誘うような。

映像的奥行きにおいては、Track 5の”walker”は傑出している。冬の凍てついたロシアの荒野を、ブーツ姿の男がザクザクと歩を進め、湿地帯の泥地、草むらを分け入ってゆく。とてつもなく芳ばしい(!)草の匂いや、冷えきった大気を覆う霧が素肌に染み込んでくるよう。この男はどこへゆくのだろうか。そこにある時間の持続が、宇宙の摂理そのものにつながっているような、引き延ばされたeternityを饗応させるものだった。

タルコフスキーの言葉で、artistic freedomを否定した言質がある。

I therefore find it very hard to understand it when artists talk about absolute creative freedom. I don’t understand what is meant by that sort of freedom, for it seems to me that if you have chosen artistic work you find yourself bound by chains of necessity, fettered by the tasks you set yourself and by your own artistic vocation. Everything is conditioned by necessity of one kind or another. (Andrey Tarcovsky “Sculpting in Time” より)

アートとは、作り手の内的な葛藤のすべてを反映させたものであるべきであり、それは自由に表現できるというよりも、すべてが必要性の鎖でつながっているものである、という考え。アーティスト自身の生々しい内なる声が、表現に昇華されるとき、それは本人にとり待ったなしの、A,B,Cどれでもいいわけではなく、その間に横たわるA’ のような一点に限られる、ということ。

坂本龍一にとり、async とは、sync の差異とズレの狭間にある一点を照射した、彼自身にとり絶対必要な何かなのではなかろうか。

第一印象として、そう思えた。

A Brighter Summer Day 〜エドワード・ヤン追悼〜

April 3, 2017

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A Brighter Summer Day   〜エドワード・ヤン追悼〜     

舩橋淳  

土砂降りの雨中、黒の雨合羽に身を包んだ少年十数人が自転車をゆっくりと漕ぐ。 血気盛んに大声を上げたり、狼狽して暴れ回る者は見えない。異様な落ち着きを払った少年達は、急くことなく、降りしきる雨の中を統率を保ちつつ、のろりのろりと進む。雨合羽はずぶぬれで、闇の中でぬめりとした黒の質感をフィルムに定着させている。この少年達のスローな平行移動は、まもなく夜中のビリヤード場への襲撃によって、一気にぶち破られるだろう。懐中電灯の照射を合図に、怒濤の闇討ちが始まる。暗闇のビリヤード場に、少年達が殴り合い、うめき苦しむ音声が響く。あの不気味な自転車の移動は、その後に待ち受ける衝撃の伏線だった。突然、画面に差す一筋のサーチライトに、あの敵のチンピラ同様、我々はみな度肝を抜かれた。  

撮影監督ジョン・アルトンが中心となった50年代のフィルム・ノワールにも比肩する、この見事な光と音の演出は、『牯嶺街少年殺人事件』の数ある見せ場のうちのひとつである。見逃してならないのは、サーチライトによる視覚効果と、ドタドタと闇の中で逃げ惑うチンピラに木刀で襲いかかる少年たちが格闘する音声というふたつの感覚刺激に、闇討ちという映画の根源的主題が結晶化されているという点がひとつ。もうひとつは、夜襲に向かう少年たちの緩慢な、それでいて統率の取れた同方向の空間移動が、ただならぬ湿り気と温度を画面にもたらしていたという点である。このふたつの特性が、実はエドワード・ヤンのフィルモグラフィを形づくる重要な何かではないかということを、この論考で考えたいと思う。  

その前に、エドワード・ヤンの受容の地域格差について言っておきたい。わずか7本の長編と1本の短編を残してこの世から去ってしまった楊徳昌。私がニューヨークへ移住する以前1997年頃まで、日本を中心とする東アジアでの彼の評価は最高潮に達していた。文字通りの傑作『牯嶺街〜』への熱狂が『恐怖分子』の一般劇場公開へと結びつき(シネ・ヴィヴァン六本木だったと思う)、『エドワード・ヤンの恋愛時代』、『カップルズ』へと結実していった。『牯嶺街〜』に出演した張震、王啓讃、柯宇▲などが成長し、『カップルズ』で悪ガキグループを再結成するなど、ヤン・ファミリーとも言える共同体が少しずつ台北で形成されていった。私が大学の卒論で『牯嶺街〜』を中心としたエドワード・ヤン試論を書いたのもその頃で、それは私自身の趣味もあったが、世界映画の中心は台北にあり、それをエドワード・ヤンがリードしているという時代的熱狂があった。それでも、西欧特にアメリカでの評価は、『ヤン・ヤン 夏の思い出』を待たねばならなかった。同作がカンヌの監督賞、米National Board Review のBest Picture を受賞し、漸く初めて一般劇場公開された。それを機にニューヨークやシカゴでレトロスペクティブも開催されたが、ごく一部の観客を集めたのみで、アメリカ全土を回ることもなく終わってしまった。つまり、『牯嶺街〜』も『恐怖分子』もアメリカの一般人はおろか、シネフィリーの目にも未だ触れていないのだ。楊徳昌が亡くなった翌々日の7月2日付のニューヨーク・タイムズは「『牯嶺街〜』はエドワード・ヤンにとって重要な出世作となり、彼の評価を確固なものにした」(註1)、ヴィレッジヴォイスは「モダンシネマの最も素晴らしい才能のひとりをアメリカのシネフィリーは殆ど体験できないという結果になってしまった。その最も大きな損害は、A Brighter Summer Day(『牯嶺街〜』)である」(註2)と述べたが、今更なにを言うか?!と怒りを禁じ得ない。日本でも配給権が作品毎に違い、まとまったレトロスペクティヴが難しいと聞くエドワード・ヤンのフィルモグラフィー。東京国際映画祭でレトロスペクティヴが予定されているそうだが、その字幕版プリントをぜひアメリカの劇場へも廻してもらいたい。

〈闇の誘惑〉  

話を『牯嶺街〜』の雨の襲撃シーンへ戻そう。雨合羽と竹傘をかぶった少年グループが闇夜をそろりそろりと敵のアジトであるビリヤード場へと近づいてゆく。その一糸乱れぬ横移動のおそさ、緩慢さがおどろおどろしい。映画において、闇の中を無言で人が集団移動するほど、恐ろしいことはあるまい。タル・ベーラの『ヴェルクマイスター・ ハーモニー』(00)を思い出せば十分だろう。遠くで火の粉があがる革命広場へと、権力打倒に燃える民衆が夜中、ガッガッと行進してゆくクライマックスは誰もが戦慄を覚えたはずだ。フィリップ・ガレルの『恋人たちの失われた革命』(05)において、アパートで麻薬を廻した後、青年達が闇夜の中、いそいそと広場での反政府デモに急ぐ場面もそうだろう。闇の中に際立つ、タッタッという集団の足音が緊張を高め、その次に炸裂する暴力まで鼓動を速めてゆく。ロウ・イェ の『Summer Palace』(06)において、天安門広場に駆けつける学生達がどうにも緊張感が欠けていたのは、この闇の中の平行移動という映画的プロローグへの感性が作家に欠如していたからに違いない。換言すれば、『捜索者』(56)の夜襲シーンを見ているか否かの問題なのかもしれない。危険極まりないコマンチ族の村へ、夜中にじり寄るあのアメリカの夜(Day For Night)のことだ。ジョン・ウェインは囚われの身となったナタリー・ウッドを救出するため、仲間を引き連れ、コマンチ村へ接近する。口笛で合図し、崖の上からコマンチ族のテントを伺うジョン・ウェイン隊は、互いに目配せでコミュニケートし、襲撃するタイミングを計る。ここでは無言が貫かれ、緊張感が夜闇に漲る。そして、突撃ラッパとともにテント村へ突進開始。振動しつつ高速で横移動するキャメラは、テントの合間をぬって突撃するウェイン隊をフォロー。フィックスショットのみで構成された接近の時間の緊張、それが突然ぶち破られ、移動ショットと突撃ラッパによって興奮の渦に巻き込まれる。この無言の緊張、アクションの爆発という呼吸。映画の原始的な悦楽であり、『牯嶺街〜』の土砂降りの夜襲シーンは、それが現代において最も高度に達成された活劇場面として記憶されるべきだろう。  

何度も言うが、無視できないのは少年達の自転車走行の統率された緩慢さである。バケツをひっくり返したような集中豪雨の中、のろのろと進む黒い雨合羽集団。不気味なこの黒の塊は、全員が何をするのか意思統一がはっきり取られたかのごとく、誰も無駄口を叩く者などいない。葬式行列のような寡黙さと緩慢さが、見る主体の感性を揺り動かし、不安という磁場を画面に漲らせる。我々は彼らが何をしているのか、この土砂降りの中何処へ向かっているのか、全く判らない。その情報の空洞化に延々と身を委ねる時間は、まるで『エレファント・マン』(80)の導入部のごとく、その後のシーンへと邪悪な翳を落とす。思えばヤンにおいて自転車には、このような緩慢さが常につきまとった。『光陰的故事』の少女は、メガネ少年とともに大人用自転車に乗る練習をするが、ふたりともハンドルさばきは心許なく、ふらふらと前進するのが精一杯であったし、『牯嶺街〜』では、主人公の小四(シャオスー、ふりがな)にせよ彼の父親にせよ、自転車よりもその傍らを歩く人物と対話する方が重要で、ひたすらハンドルを押しながら歩くだけだった。涼しげにペダルを漕いで滑走する自転車のイメージは、同じ張震が出演していた侯孝賢『百年恋歌』(05)のものかもしれない。ヤンにおいて自転車とは、ひたすら押し黙って緩慢に移動させるしかないスローモーションの移動装置なのだ。そして、この低速で回転する車輪たちは、なんらかの不測の事態を物語に導入することになる。「指望」(『光陰的故事』でヤンが監督した第2話)の少女は自転車の練習をした後、腹痛に襲われ、やがて初潮を迎えることになるし、遺作となった『ヤンヤン 夏の思い出』では、ヤンヤンの姉の少女は、初々しいデート着に身を包み、恋人の少年と自転車のふたり乗りをする(ここでも自転車はふたり分の重量によりゆっくりと走り出すのみで、加速する走行ショットは見られない)。しかし、ホテルにしけ込んだものの、少年はナイーブな精神疾患を爆発させ少女を置き去りにして帰ってしまう。結局、これが契機となりふたりは破局、少年は心を病み殺人を犯すことになる。そして、『牯嶺街〜』における不気味な自転車の集団低速移動は、闇討ちというバイオレンスをもたらす。敵の少年ギャングのひとりが、無防備にも便所から出て来た瞬間、鋭利な刀が彼を二度叩き斬る。殺気を感じた別室の少年達は灯りを吹き消し、暗闇の中、じっと敵の気配を探る。しかし、時既に遅し。小四らのグループは、懐中電灯で闇を射抜き、その瞬間ボス・シャンドンをメッタ刺しにする。  

視線が行方を失う闇の中では、音声がよりクローズアップされる。ビリヤード場で展開する小四たちの闇討ちは、その音声によって我々の感性を深く打った。パパッと一瞬サーチライトに照らされる断片的な映像により、少年達が十数人乱闘していることは見て取れるのだが、その混乱ぶりと凄惨さは音声によってもたらされた。乱闘の後、床を這いつくばう相手のボスを小四がライトで照らす時、我々は奴の呻き声をはっきりと記憶しているはずだ。『エドワード・ヤンの恋愛時代』では、大学時代からの友人同士モーリーとチチがケンカした翌朝、無人のオフィスの暗がりで友情を確かめ合う二人は闇の中でシルエットで示され、その親密な会話だけがフォーカスされた。そう、エドワード・ヤンにおいて闇は、人物同志を武装解除させ、親密に距離を近しくさせる。それは視野が単一色にミニマイズされ、音声だけが主体性を帯びるという感性の突出化が演出されているからだけではない。闇という漆黒の翳に身を包まれた人物達は、それに怯えたように肉体を接近させ、肌を触れ合い、時には唇を重ねる、そんな情緒的化学反応があるのだ。『Taipei Story』の男(侯孝賢)が女(蔡琴)に闇の室内でプロポーズする場面、『海辺の一日』や『牯嶺街〜』のキスシーン、『恐怖分子』の家出少女と写真家が暗室で愛を育むくだりは、全て真っ暗な闇に覆われていた。そして、闇が人物の顔をシルエット気味に隠すことは、美しい映画的細部を構成するだけでなく、物語的なパンクチュエーションとして、情報量が多い画面をシンプルに焦点化する役割を担っている。やたらめったら人物が錯綜するヤンの世界において、(光ではなく)闇がひとつの焦点をもたらしているのだ。

〈フレームという領界の外へ〉  

視界を遮る闇は、隠すという映画的主題を内包している。そして、画面に視線を投げ掛ける我々から、何かを見せずにおくという身振りは、ヤンのフィルモグラフィーを貫く感性である。それはフレームという長方形の境界線の内側に捉えられた事物だけではなく、その外側、オフスペースへも押し広がりゆく。心に迫る瞬間や悲壮感を漂わした人間を、ヤンは平気で画面の外に追いやってしまうのだ。彼ほど体系的にオフスペースの活用を追求した現代の映画作家は存在しないのではなかろうか。50年代のゴダールが、溝口は180度のパンと切り返しを組織的に使う唯一の作家だと指摘したが(註3)、ヤンのオフスペースの活用もまた完璧な域まで体系化され、研澄まされていった。  

具体的に例を挙げてみよう。『恐怖分子』では、オフスペースの見えない存在が主体化された。主人公の医者が、浮気をしている妻と彼女の元同僚を尾行する場面。まず台北の街中を仲良さげに歩く中年カップルの後ろ姿が示される。キャメラはふたりと等距離を保ち、まるで尾行しているかのような不気味な距離感が維持される。十数秒後、キャメラは突如切り返し、自動車で尾行する運転席の医者が示され、前のショットが彼の視点であったことが告げられる。また、彼が職場で次期の課長に選ばれなかったという報を聞き、そのことを上司である医局主任に問い質そうと訪れた場面も面白い。秘書に主任は席を外していると告げられ、渋々諦めるが、病院の一階から主任の部屋を見上げると、そこにはレントゲン写真を持った彼の姿がみえる。この場面も、まず病院の4、5階にいる主任の視点から、とぼとぼと歩く医者の後ろ姿が提示され、彼が突如振り向くと、キャメラは切り返し、はっと驚いて気まずそうにする主任の姿を写す。つまり、はじめのショットが主任の視点であったことが、それに続くショットにより告げられ、オフスペースの人間存在が事後的に明らかとなるのだ。驚きを通して画面外の存在が明らかになる、このようなトリックに幾度も感動して来た我々は、『恐怖分子』の映像話法そのものが、画面に映らない時間での出来事、つまり省略された時間での出来事によって、次のシーンが活性化されてゆくというものであることを自覚していった。いわゆるアクション繋ぎや同軸繋ぎは皆無。ひとつひとつのショットが独立した時間の断片として提示され、その〈間〉にあるオフスペースをパズルのように予測し埋めてゆく、それが『恐怖分子』を見るという作業であった。

中でも家出少女の殺人シーンは傑出していて、私はこれほど緊張と裏切りの詰め込まれた、完璧な殺人シーンは見たことがないーーまずホテルで少女がベッドの傍らに一人立っている。オフスペースよりシャワーの音が響き、キャメラは10センチほど開いたバスルームのドアを示す。彼女の身体を買った男が中でシャワーを浴びているのだろう。その隙に、少女は脱ぎ捨てられた男のズボンのポケットから財布を取り出し、金を抜き取ろうとする。しかし、彼女は中途でアクションを止め、キャメラの方をじっと見つめる。キャメラが切り返すと、そこにシャワーから出て来た男が立っている。シャワーの音は継続しているので、我々の予想も快く裏切られてしまう。少女はバツが悪そうに金を財布に戻し、ベッドの上に投げ捨てる。タバコをくわえた男は半裸のまま、ベルトを拾い上げ、少女を脅すような目つきで睨みつける。緊張が空気中に漲ったそのとき、画面内に少女の姿が突入。男をナイフで突き刺す。不意の攻撃に対応できない男はホテルの部屋の片隅に押し付けられ、苦悶の声を上げる。  

ここではショットごとに、オフスペースの存在がある想定を見る者に呼び起こし、それを裏切る形で次のショットが提示され、スタティックな緊張とサスペンスが高まってゆく。男が少女にお仕置きしてやる!とばかりにベルトをびしっと握りしめた時、少女の身体が画面に突入し、テンションの開放と同時に殺しという関係の断絶がもたらされる。別れた妻を尾行する医者のように、オフスペースの人物達は無言でスクリーンの向こう側に佇み続けるのが常であるヤンの世界において、画面の境界を侵し、人物が画面内に入り込んでくるというのは、掟破りの暴力行為である。そして、『牯嶺街〜』で小四が恋人・小明(シャオミン)を刺してしまう、あの衝撃も、オフスペースからの暴力によるものだった。現場となった、学生が行き交う屋台市場は、クライマックスのずっと以前から作品内に存在し、豊かな細部を形成していた。人目をはばかりポルノ雑誌を立ち読みしているチビのメガネ、自転車でゆっくりとぶらつく一匹狼の青年マーなど、オフスペースから画面内へ、画面内からオフスペースへと出入りし、流動する世界をキャメラは捉えた。「恐怖分子」ではあくまでスタティックだったフレーム外の存在は、『牯嶺街〜』ではめくるめく交錯する人物達を息づかせるオフスペースへと、より流動性を増し、世界の網の目をすべからく享受しているかのようなヤン・マジックを作り上げた。しかし、いきいきと活気づき、流動的に変化し続ける世界に小四は苛立ったのだろうか、その流れを塞き止めんとばかりに、彼はオフスペースに立ち尽くし、小明の行く手を阻む。そして、バストショットの彼女が「私はこの世界と同じよ、変わるはずがない。」と宣言する時、流れる世界=画面に耐えかねた小四は、フレームという境界線を破り、画面内に突入せざるを得ない。小明を刺してしまうという悲劇は、こうして起こったのだ。『恐怖分子』の家出少女と同様、エドワード・ヤン的な人物のアクションとは、とことん追いつめられた切実さと覚悟とともに、画面の領界に踏み止まろうと耐え忍ぶことなのかもしれない。  

思えば、眉間に皺を寄せて思い詰めた表情のままフレームの領界の外に立ち尽くす人間は、ヤンの作品に幾度となく登場する。『エドワード・ヤンの恋愛時代』では、エレベーターの中に立つOLチチがそのフレームの外の恋人ミンになじられる。我々は明の怒鳴り声(オフスペース、エレベーターの室内であり、また声の反響の具合から、近距離で怒声を浴びせていることがわかる)をしかめっ面で受け止めるチチをじっと見つめ、オフスペースに立っているはずのミンを目にすることはない。エレベーターのドアが開き、チチが足早に去ってゆくのを追う彼の後ろ姿を最後に見とめることができるのみである。ここで見られるのも女性から拒絶されたことで、画面に閾入する男性の姿である。前作までと大きく異なるのは、エレベーターという近代的な昇降装置が、ヤンの作品で初めて登場し、オフスペースをさらに新たな次元へと発展させたことであった。病院のエレベーター入り口での再会が、この作品の感動的なラストを飾っていることは誰もが覚えていようが、ここで注目したいのは、エレベーターの扉の開閉という運動により、画面のオフスペースが奥行きという座標軸を獲得したことである。別れても将来フライデー(という名のレストラン)でまたお茶でもしようと言って別れた恋人ふたりは、エレベーターの外と中で各々の時間を過ごす。数秒思案した後、翻意した男が女の後を追おうと扉を開けた瞬間、目の前に女が立っている。ここでは、エレベーターの扉が画面の中に領界線を引き、オフスペースを生み出す機能を果たす。画面の上下左右のどこからでもない、「画面奥のオフスペース」から人物が画面に突入するというのは、やはりエドワード・ヤン的な身振りと呼ぶべきであり、何もバイオレンスだけではない、コメディーのハッピーエンドにも応用されうるのだ。このスライド式扉が付属した乗り物は、『ヤンヤン 夏の思い出』においても、30年ぶりの男女の再会を演出する。ヤンヤンと父親のNJ(呉念眞)がホテルのロビーでエレベーターを待っていると、中からNJが30年前に別れた女性が偶然(!)現れる。女性は愛想良く再会を喜ぶものの、しだいに30年前の恨み言を切り出す。ちょうどその時、次のエレベーターが到着し、NJ の同僚が登場。緊張した空気に水を差してシーンは終わる。ここで明らかになってきたのは、ヤンにおいてエレベーターが、人物の高度を移動させる近代の昇降装置というよりも、画面の中にオフスペース、観客の視線が届かない隠れた空間を創出し、そこから突如人物を画面に配置してしまう、喜劇の演出装置として振る舞っているということである。そんな偶然な出会いがポンポンと続くなんて、あまりにもわざとらしすぎるという人には、センスがないと申し上げるしかない。ルビッチをはじめとして、人はあまりにもできすぎた偶然を愛して来たではないか。ここは、現代喜劇の鮮やかなマジックとして受け止め、ただ驚嘆し、笑い転げていればよいと私は思う。

実は、私が初めてヤンと出会ったのはホテルのエレベーターであった。それが最初で最後の出会いとなったのだが、数年前の釜山映画祭で偶然同じエレベーターに乗り合わせ、間違いようのないこの台湾人映画監督の顔を何度も確認して、私から進み出て話しかけた。無論、あなたの映画のようにエレベーターで偶然出会えるなんて嬉しい、などと気の利いたことを言えるはずもなく、ただ『牯嶺街〜』を絶賛し、感動を伝えただけだった。その時ヤン氏がにこやかに耳を傾けてくれたのが思い出深い。     

ここで考えてきたのは見せずにおくこと、隠すことという主題の感動的な一貫性である。闇夜の襲撃にせよ、エレベーターでの邂逅にせよ、オフスペースからの暴力にせよ、そこに通底しているのは、我々の視界から人物やアクションを見えなくしたり、隠したりすることで、スクリーンを直視する眼差しとはまた別の想像力を刺激する感性であった。画面の中で立ち起こるアクションやセリフの交換を目で追うだけではなく、オフスペースの人物の声や、闇の中から聞こえる肉体と肉体がぶつかり合う音を通し、画面の領界を無効にして、その内側と外部を透明に行き渡らせてしまう複層性を、1秒間に24回照射される写真映像の〈間〉に生み出してしまう。現代映画の申し子のエドワード・ヤンは、そんな離れ業を成し遂げた。

(初出:2007年9月 nobody issue26 )

▲・・・糸へんに、侖

(註)
1. http://www.nytimes.com/2007/07/02/arts/02yang.html?ex=1341028800&en=6c716ece2ed18621&ei=5088&partner=rssnyt&emc=rss
2. http://www.villagevoice.com/film/0727,cheshire,77104,20.html
3. “Mizoguchi is probably the only director in the world who dares to make systematic use of 180 degree shots and reaction shots. But what in another director would be striving for effect, with him is simply a natural movement arising out of importance he accords to the décor and the position the actors occupy within it.” Godard, Jean=Luc. GODARD ON GODARD. Translated by Tom Milne. New York: Da Capo. P71. オリジナル文献の参照が叶わなかったのは筆者の語学力不足によるもの。ご容赦願いたい。