Film as a Language of History

January 14, 2012

I am attending this event at the National Museum of Singapore Cinematheque.
My film “Deep in the Valley” will be screened there.
Please come by if you’re in Singapore.

http://www.nationalmuseum.sg/EventDetail.aspx?id=314&cat=8

シンガポール国立博物館シネマテークで、Film as a Language of History というイベントに出席中。ベルリン映画祭で「谷中暮色」を見て感動したという、キュレーターのWenjie さんに招かれた。行く寸前まで、今編集が佳境だから行けない、とゴネていたんだけど、来てみて反省。3年越しで計画したイベント、シンポジウムだという。

エドワード・ヤンの包括的なレトロスペクティブ(Wenjie 曰く、世界最高のレトロスペクティブ)を去年やったという。
確かに見たことないヤンのドキュメンタリーまで。シンガポールのシネマテークは、やばい。

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主体性を失った無意識に向けて

November 15, 2011

震災後の日本で何が描かれていないのか?
それをずっと考えている。

いろいろな課題・・・まだまだ見えていない現実に想像力を巡らせてみる。

原発労働者の現実・・・どんな人たちがあそこで働いているのだろう。

日本の原子力政策が、どのような犠牲の下に成立してきたのか。

50年代〜60年代に自民党と正力が、いかにマスをコントロールし、「クリーンエネルギー」と謳う原子力導入にたどり着いたのか。

 

これらは報道の記事やニュースを見れば、事実としては把握できる。

しかし、その実感が限りなく薄い。
この薄さが問題なのではないか、とこの頃思うようになった。

原発のある町・福島県双葉郡双葉町。

箱物の体育館や図書館が交付金により建てられ、仕事を与えられ、しかし40年後には町そのものがなくなってしまうような、そんな原子力発電所を持つことがはたして「恩恵」だったのか。

全てを失ってみて、漸くわかった。

そう、双葉町の町長は僕に語った。

双葉町から奪い去られたもの。

それはおそらく、自分で判断し、築き上げてゆく共同体としての価値ではないか。
自分たちが、生きてゆく環境を、雇用・保険・福祉を自分たちで生み出し、少し時がたったら本心が変わってしまう権力の言うなりには決してならないこと。そうした、精神的なインディペンデンスと二本の足できっちりと立って歩むことが出来る共同体の生きる力(それは明治中期までは確実に存在していた!)が、原発の立地地域から、長い時間をかけ、少しずつ、しかし、着実に根こそぎ奪い去られていったのだ。

僕たちが都会で贅沢な消費をむさぼっているときに、一方、地方ではどんな犠牲が強いられいたのか。
日々の責任をまったく意識していなかった僕たちの怠惰な精神、主体性を喪失した無意識がそこにある。

ここにあるのは、中央の繁栄と地方の過疎という根源的問題。
僕の感じる実感の薄さとは、中央と地方の物理的な距離によってうやむやに消失しているこの大きな、大きな問題から来ているのではないか。

なにごとも中央の価値が、下々までコントロールを及ぼすとき、人の欲望は周辺から中央へと向かうだけの一方向的世界となる。もっと複数のリゾームが同時共存する合衆国に、日本の意識構造を変えてゆくべきではないだろうか。単数性ではなく、多様性を是とする社会として。

全員が意見を同じにしなくて良いのだ。

それぞれの共同体でそれぞれの価値を生み出し、互いにリスペクトしてゆく、そんな価値観の多様性を許容する社会にシフトすればいい。

がんばろうニッポンの裏側を見つめると、日本の一義的精神構造の問題が浮上してくる。

「8時間の恐怖」 鈴木清太郎

October 16, 2011

77分  1957   日活   NFCにて

長距離移動のバスで起きる群像劇は、例えば清水宏「有難うさん」など いろいろ思いつくが、ステージコーチものがその発端なのだろうか。スクリーンプロセスを利用した車内撮影と、実際のバス内でのロケ撮影が混ざっているせいか、座席の奥行きが深くなったり、いやに浅くなったりするのが面白い。乗客が画面にひしめき合うように押し込められていたかと思うと、トラッキングショットにより奧まで各々が別々に座っていたり、また急患の赤ん坊が出たときなどバスの最奧部が座席が取り払われたかのようなオープンスペースとなり、元医者の護送犯が床で診察できたりする。
移動するバス内の空間が自在に伸縮するさまが、まさに鈴木清順の世界!

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Steve Jobs

October 6, 2011

My deepest condolences to his family and Apple Computer.
Essentially your computer made my life much better and fun.
Thanks Steve.

アップル・コンピューター創業者Steve Jobs が逝去されました。

Apple 製品は、僕も含む多くの人の情報処理、エンターテイメント、思想・思考のアプローチそのものを変えたと思います、大げさでなく。Bigger Than Life の人物とは、彼のことじゃないでしょうか。

心からのご冥福をお祈りします。

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Nine Eleven

September 11, 2011

On this very day of 2001 I was on my way to Astor Place subway stop, when I saw massive amount of people rushing uptown from downtown on Broadway. I asked a man and he said a plane clashed into the World Trade Center. I didn’t get what he said, but I walked up to Times Sq where I used to work for a tv production company. My colleagues at the office were at a loss. We shut down the office for the day and volunteered at NHK NY headquarter to help checking dead-or-alive of Japanese residents. It was pure chaos. We were on the phone and internet for 2 days with no sleep at all. Yet I didn’t know what was going on near the site nor else where in the states. All i knew was my birthday party which was planned on the day after(9/12), was cancelled. My work shifted to documentary production. We shot many people who had lost loved ones. Among them I met Phillis and Orlando Rodriguez, professor on criminal justice and psychology who had lost his son yet being against Bush’s retaliation onto Afghanistan. I am still in touch with them now. Also Big River, my second film, was conceived after seeing many hate crimes happening throughout the US. So directly or indirectly I was affected by the event like anyone else. 
But I don’t think the nation has changed much. Yes, more zillions of dollars were spent in Iraq and Afghanistan and many people had diseased for the sake of “home land security”, but that protectiveness and conservatism are some extension of what Americans have had for long time. Like my friend Eric said last night the politicians (republicans?) are screwing the country without really knowing the true problems we have; rich/poor gaps. The recent debt ceiling crisis was a good example. Under the flag of freedom America has deeply-rooted intolerance. 
I do love America, its people and cinema. But I can’t wipe away mixed, negative feeling when I see series of the 10th anniversary events. 

10年前の今日、Astor  Placeの駅に向かう途中で、ダウンタウンから大量の人がストリートを歩いてきているのに気付いた。聞いてみると、飛行機がWorld Trade Center につっこんだそうだ。地下鉄は機能麻痺。Times Sq. にあったオフィスにいってみると、スタッフ総出でNHK・NY総局で、在米日本人の安否確認を手伝った。徹夜になり、次の日もまた次の日もずっと張り付きっぱなしだった。9月12日は誕生日パーティーを企画してもらっていたんだけど中止。カメラを握ってGround Zero でドキュメンタリー取材をぶっ続けの日々になった。
その撮影で出会ったRodriguez 夫妻(犯罪心理学者で息子を911で亡くしたのにも拘わらず、ブッシュ政権の報復行動に反対する運動を率先)とは今でも親しくしているし、拙作Big River も911があって生み出された物語だった。
アメリカは911で何も変わった気がしない。前よりも多くの軍事予算が投じられ、アフガニスタン・イラクで多くの犠牲を強いたけれどもそれが正解だったとは思わない。NYの友人とも昨日語り合ったが、アメリカ人そのものは、対外的な保守主義が若干強くなったことはあるが、それは根底から脈々と流れるアメリカそのものの保守主義だろう。
自由の国という表看板のウラにある、人々の排外主義は何も変わらないのではないか。
映画も人も、アメリカを心から愛しているけど、複雑な思いがする。

 

書評「小津安二郎の反映画」(吉田喜重著)

August 21, 2011

キネマ旬報 9月上旬号(8月20日発売)に、「小津安二郎の反映画」(吉田喜重著、文庫版)について僕が書いた書評が掲載されました。

http://www.kinejun.com/kinema/tabid/62/Default.aspx

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ベティ Betty

July 23, 2011

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1992 France
Marie Trintignant, Stéphane Audran, Jean-François Garreaud, Yves Lambrecht

泥酔している女性の過去が少しずつ明らかになってゆくというサスペンス構造はどこにでもあるのだが、「主婦マリーがしたこと」ではやたら記憶に残る娼婦を演じていたMarie Trintignantが幾人かの男性とベッドを共にしており、それがどんな順番なのか前後関係も因果関係もわからないまま、その謎を解きほぐすようにいくつかの時系列がクロスしてゆくという構造は、曖昧でかつ緻密な高揚感を作り出している。(編集が上手い)
しかし、彼女を看病する年増の女(Stephane Audran)が知らない裏で秘密を共有したレストラン店主(レストランの名はLe Fou 「穴」。もちろん、ベッケルから来てるのだろう) と彼女がデキてしまうというラストについてはどうだろうか。この作品に限らず、シャブロルはしかるべき伏線を張らずに取って付けたような唐突なオチを持ってくること(引き裂かれた女、ベラミーもそうだろう)が多い。意見が分かれるだろうが、物語はどうでもよろしい、というのがシャブロルの本質であり、それより人の持つ隠微な闇を浮き上がらせるのに関心があったのではないか。今作のStéphane Audranは、ホテルで浮草生活を続けるブルジョアであったが、あんなに世話したMarie Trintignantに裏切られ、自分の男を奪われてしまう。とうとうホテルを2年ぶりに出て、故郷リヨンに戻りその命を絶つという物語が、映画のラストに突如焦点化される。説話の傍系にいた女性の闇がオーラスで浮かび上がるのは、遺作「刑事ベラミー」の刑事の弟の死のようだ。
主人公でなくとも、また画面上でなくオフスペースで語られようが、暗く冷たいボディブローで見る者の肝を剔ることにご執心していたのではないか。

主婦マリーがしたこと Une Affaire de Femmes

July 23, 2011


1988 France
Isabelle Huppert, François Cluzet, Marie Trintignant

80年代後半からだろうか。シャブロルのカッティングのタイミングがどんどん早くなっていったように感じる。小気味良いというより、見る者の解釈が落ち着く前に次のショットをたたみ掛けるような、呼吸が目立つようになってきた。何を考えているのか全く読めず、全てが唐突に見えるユペールの演技の質にもよるのかもしれないが、近所の女性が全裸で堕胎しているのにも動じず、「そんなんじゃ堕ろせないわよ」と他の方法での堕胎を引き受けたかと思えば、急に声を張り上げて歌い踊り狂う。照明・光の質によってヘーゼル、緑、青、グレーにその瞳の色が変化するのも、唐突感を生み出している。
ドイツ占領下のフランスといっても殆どのシーンがアパートの中であり、外から来る堕胎依頼者の女性、娼婦とマリーの会話から時代性が浮かび上がってくる。一つのアパートと、その前の子どもを遊ばせる中庭さえあれば、第二次世界大戦でも描いてみせるというシャブロルは、人を喰った演出家というより、緻密な職人としての技量を証明している。

Nuclear Nation (仮題)進行中

July 19, 2011

3月末から福島第一原発事故による避難民の方々を追っている。
震災からの復興が日常化しつつある今、まだ出口が見え無いどころか状況が悪化しているのが、彼らの避難生活だ。セシウム汚染牛追跡や紛争審・東電の切った張ったに目先がいってるメディアは、未だ311以来の避難生活が何も変わらず続いている、その時間の重苦しさを描くことを避けている。

5月下旬から始まった一時帰宅は、8月いっぱいでようやく一巡する予定で、人々は警戒区域の中にある我が家へ2時間ばかりの立ち寄りが許されている。度重なる余震で家が傾き雨漏りから居間に雑草が生えていたり、野生化した猫・犬に荒らされていた家も少なくない。彼らは口々に「もう戻れないだろう」と失望を語っている。

まだ出口が見えない避難生活に僕らはずっと張り付いている。
今年いっぱいかけてドキュメンタリーとしてまとめようと思う。

映画における刑事の太さについて  “Bellamy”  Claude Chabrol 2009

June 25, 2011

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刑事コロンボの訃報に触れた日に、他の刑事ものを見ることは映画的な倫理に背くどころか、むしろこのシャブロルの遺作「刑事ベラミー」を通して、やはり映画的刑事の身体は太っているべきではないか、と呟いてみることこそがPeter Falk への哀悼になりはしないか、などと考えながら、「牛のように」苦しげに息して歩くドパルデューの肢体が狭苦しい階段を上ってゆくことがなんともサスペンスフルで、彼が演ずる刑事ベラミーが安モーテルで逃亡生活を送る犯人容疑者にどうしてか肩入れしてゆく裏には、実は見る者誰もが眉をひそめる、彼と切っても切れない異母兄弟の弟に対する積年の悔恨があり、それがやたら殺人者に対して温情的で、ヒューマニスティックであると評価され、自叙伝も売れて有名人になってしまっているという刑事ベラミーが生きる皮肉であるというところに、画面の外に豊かに暗く世界が広がっているというシャブロル的ユーモアがある。


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